なう

京丹後市の代表的な三景【丹後半島】


夕日ヶ浦の夕陽

犬ヶ崎の青の洞窟

丹後町間人の立岩と聖徳太子の母子像

詳細
タイトル
京丹後市の代表的な三景
種別
なう
場所丹後半島
撮影日時2016年8月26日
おすすめ
ポイント
三景はすべてお勧めの絶景です。
説明
①夕日ヶ浦海岸
夕日が美しい景勝地で白砂の浜が浜詰から久美浜の小天橋まで約8㎞も続く。 夕方になると茜色の夕日が水平線に沈むサンセットビーチは魅惑的です。
②青の洞窟
(竹野漁港~犬ヶ岬)
丹後のイタリアと言われるほどの透き通ったブルーが美しい洞窟。地元の漁師さんのガイドのもと4人乗りの舟で青い海原に漕ぎ出すと感動的な景色が広がります。
③立岩と間人皇后(聖徳太子の母)の母子像
京丹後市でも立岩のある辺りは雄大な景色と砂浜の広がる場所です。中でも間人皇后(聖徳太子の母)の母子像や岩場の上の古墳群に、切り立った断崖と砂浜と青い海のコントラストが素晴らしいです。
情報提供さくらがい

もう一つの光秀の首塚【盛林寺】


盛林寺の三門

盛林寺の本堂

光秀の首塚(本堂の裏手の山にある)

詳細
タイトル
もう一つの光秀の首塚
種別
なう
場所盛林寺
撮影日時2016年8月13日
おすすめ
ポイント
山懐に包まれた景勝の地
説明
宮津市の盛林寺には悲劇の武将・明智光秀の供養塔がある。宝篋印塔の基礎に條鉄光秀居士と刻んである。 細川忠興に嫁いだ光秀の娘・玉はガラシャ夫人として知られ、幽閉地もそれほど遠くはない。
光秀は本能寺で信長を倒した後、秀吉軍と山崎に戦って敗れ坂本の居城に退く途中で落命した。 光秀の死には様々な伝説があり、娘・玉のいる宮津に届けられて、この寺の供養を受けたという説(位牌も祀られている)。 首塚は他にも、粟田口下(京都市東山区梅宮町)と亀岡市宮崎町の谷性寺にある。従って京都は胴塚(山科区勧修寺)を加えると全部で4か所にあることになる。光秀という武将の死の意義がいかに大きかったかということであろう。
情報提供さくらがい

ふるさとミュージアム丹後【京都府立丹後郷土資料館】


丹後郷土資料館の正面入り口

内部の展示室の一部

丹後の廻船と北前船の模型展示

詳細
タイトル
ふるさとミュージアム丹後
種別
なう
場所京都府立丹後郷土資料館
撮影日時2016年2月2日
おすすめ
ポイント
丹後の歴史を知る
説明
丹後郷土資料館は宮津市国分にあり、京都府北部の古代から近代の歴史や資料展示をおこなっています。常設展示に加えて年間に数回にわたって特別展や企画展も並行して実施しており、中には北前船と丹後の歴史の紹介などに意外な発見をすることもあります。
丹後縦貫道の開通などで天橋立を中心に新しい観光の時代の到来に向けて関心度の増高を期待したいものです。
情報提供さくらがい

丹後震災の教訓を後世に残す【丹後震災記念館】


丹後震災記念館

震災記念塔

地震によりずれた道路(郷村)

詳細
タイトル
丹後震災の教訓を後世に残す
種別
なう
場所丹後震災記念館
撮影日時2016年1月28日
おすすめ
ポイント
現在も残る震災のつめあと
説明
昭和2(1927)年に丹後地方を推定マグニチュード7.3の大地震が襲いました。被害が著しかったのは、京丹後市の峰山町、網野町と与謝野町などで家屋の倒壊件数は70%~90%。地震の発生時刻が夕食時であったため火災の発生で約8300戸が消失、3000人近くもの人命が奪われました。震災による犠牲者の慰霊と記録資料の保存、地震に関する学術研究を目的に建てられたのがこの丹後震災記念館で、町を見下ろす台地の上に建っています。なお耐震強度の関係で内部は見学することはできません。また当時の断層が近隣に点在しており国の天然記念物に指定されています。" 天災は忘れたころにやってくる” 数多の教訓を活かして人事を尽しつつも、将来の安穏な世界を天地創造の神に祈るばかりです。
情報提供さくらがい

短歌と俳句の資料館【江山文庫】


江山文庫から見た与謝野の里山風景

江山文庫のホール(蕪村や鉄幹・晶子らの様子が知れる)

展示室の一部(年に数回の展示がえ)

詳細
タイトル
短歌と俳句の資料館
種別
なう
場所江山文庫
撮影日時2016年1月7日
おすすめ
ポイント
与謝野町の史跡、句碑めぐり
説明
京都府与謝野町は鬼伝説の大江山連峰を背景に眼下に広がる美しい里、モダンな文化の香りの漂う町だ。 ちりめん街道、古墳公園、加悦SL広場、滝の椿など見所も多い。
与謝野鉄幹の父はこの町で生まれ、鉄幹・晶子夫妻は丹後を幾度も訪れている。また蕪村の母のふるさとでもある。 江山(こうざん)文庫は与謝野町が個人から寄贈をうけた数多くの短歌や俳句の資料を保存し地域文化の振興のために開館したもの。蕪村顕彰の俳句大会などの窓口の役目も果たしている。
余談ながら与謝野町は「女工哀史」の著者・細井和喜蔵の出生地でもある。

『お知らせ』 
今年から拙いながらも写真俳句を始めました。 左上のリンク先一覧の6番目にある「写真俳句」をクリックしてご欄くだされば幸いです。
情報提供さくらがい
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